論文を通してコミュニティーを形成する

このご時世でそうないと思っていたのだが、ソロオーサー原著論文が最近JAMA Internal Medicine に掲載された。

凄いと思うのだが、一人で原著論文を書くことほど寂しいことってそうないのではないかと思ってしまう。

自分一人でアクセプトまでの全方面をカバーするのはキツいだろうし、何より共著者と様々な視点からの意見を交わしながら論文を磨き上げていく楽しみに欠ける。

ソロ論文はもの凄い功績だと思うし外野が云々言うことでは無いのだが「論文を通してコミュニティーを作る」ということを再考する機会となったので書こうと思う。

共著者を巻き込む

ボスの受け売りが多い気がするが、

今のチーム2のボスと働く様になってから割とすぐ言われたことは

「論文は自分のコミュニティーを広げるための道具でもある」

ということで、意図が汲み切れていないかも知れないが、

共著者として仲良くなりたい人を巻き込むことでネットワークを形成する切り口にする

という様なもの。

僕が言うとあざとい感じだが、

基盤となっているのはその人たちのインプットをもらって論文を良いものにするという意図で、

その副産物としてコラボを通してその後の研究につながる人間関係ができるなり、就職口であったり、メンターの様な相談役になってもらったりと言う様々な機会になりうるという様な考えだと思う。

遠くの他施設の全く接点のない人でも、何か一緒に仕事をする口実ができれば自然とコミュニケーションが増えて実際に会うことはなくとも名前は認識される様になるし、連絡を通して関係が出来上がったりする。

今くる査読依頼やタスクフォースへの招待の様なものの多くは共著した方々を介していると思う。

また「あのペーパー手伝ってもらった者です」等と言って学会などアポが取りやすいところで会って貰えたりもするのは素敵。

昨年のある学会ではISCHEMIAというスタディーをプレナリーで発表をした循環器の先生と、論文執筆以外では全く面識が無かったのだが、ISCHEMIA発表直前に15分程時間を作ってもらえた。

そして上手く論文が通った場合はその達成感をシェアできるわけで、これはより多くの共著者と「一緒に頑張った」みたいな意識があるものの方が感慨深くて楽しい気がする。

ただ最初のコラボの依頼のためのコンタクトはボスのネットワークを介しているのでそれ頼みなところもあるが、専門分野の世界は結構狭いと思うので何人か知り合いを介せばほとんどの人間にたどり着くことが可能なのではないだろうか。

僕は口数が少くテンション低めでアメリカで人と仲良くなる入り口を見つけるのには苦労するので、論文は自施設内でも関係を作るための切り口になる最強のツールだと思っている。

あまり臨床では絡まないアテンディングとも一緒に書いた論文がアイスブレーカーの様な役割を果たし、いつの間にか仲良くなっていたりする。

そして原点に帰って1番の利点は、自分の持っていない技術や知識をその道の専門家と共著することで補えることで、

案外、本当にそのテクニックを欲していて自分でもかなり頑張ったけど原著で自分で責任が持てるレベルの理解ではない、と言うことを伝えれたらチーム内で誰も面識のないエキスパートからでも結構Yesと言って貰えたりする。

まとめ

論文は最強のアイスブレーカーで、共著者を巻き込んで楽しく書くのは一つの醍醐味だと思う。

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